■□NEVER GIVE UP〜BEAUTIFUL SONGS・水貴編□■

ただいま、水貴はゆううつな気分進行中です。
自他ともに認める「しっかり者」で理性派な水貴ですが、この気分だけはどうしようもありません。

水貴はこの緋嘉見で、当主である澪姫のサポート役という重要なお仕事をしています。
わずか14才の少年が、こんな事をしなければならないほど緋嘉見の人材が不足しているのかと思うと一抹の不安を感じますが、やりがいのあるお仕事ですし、水貴は今までもがんばってやってきました。確かに水貴は今まで「いっぱいいっぱい」な感もあったのですが、弱音をはくには自分のプライドが許しませんでした。誇り高い男というものは、難しいようです。

最近、前世の因縁のある人たちがこの緋嘉見にやって来ました。これから彼らと立ち向かっていかなければならない問題が山積みです。それやこれやで今まで「いっぱいいっぱい」だった水貴の「いっぱい」度数のメーターが跳ね上がりつつあります。

ある日、澪姫が水貴に頼みました。
「僕が、ですか」
「ええ、あなた以外に適任はいないようですし、お願いしますね」

何を頼まれたかというと、豪鬼の家庭教師です。この豪鬼という人、ず〜っと術をかけられておりました。今はその術が解けかけているという中途半端な状態です。そして、その術のせいで言葉がない〜つまり読み書きが出来なかったのです。「豪鬼に読み書きを教えてね」というのが、澪姫からのお願いでした。

澪姫のためなら、「いっぱい」メーターがふりきれようと、水貴はがんばります。結構けなげなタイプだったりします。でも今回は相手が相手ですし、ちょっと勝手が違うようです。

「なんで僕が」
ドリルやさんすうセットを用意しながら水貴はつぶやいたものです。
確かにどう考えても、自分しかいないのはわかります。こういうことに一番向いていそうな不知火は怪我で臥せっていますし、不破は何を教えるかわかったもんじゃありません。朱童はどう見ても教えるのには向いていそうにないのです。
 

水貴の一日も、それ以降変更が生じました。

今まで通りの「澪姫のサポート」の他に、午前中に豪鬼に読み書きを教え、午後からは朱童や不破、そして豪鬼に霊力の使い方を教えるというハードさです。
 あまりの多忙さに「術はともかく読み書きくらい教えておけばよかったんだ」と月抄サイドに対して〜ちょっと論点がズレているような気がしますが〜怒りすら湧いてきます。まあ、これも今後の戦いの原動力となるでしょうから、善しとしましょう。


「…豪鬼、遅いな」
いつもはきちんとやってくる豪鬼が今日は来ません。毎日やっては来るんですが、なかなか授業が進まないのが水貴のゆううつ気分の一因でもあります。豪鬼本人は素直に授業をうけているのですが、許容量を越すと術の影響で「ショート」してしまうので
す。豪鬼も困るでしょうが、教える水貴も困ってしまいます。

「水貴」
廊下で豪鬼の声がしました。図書室の外で豪鬼が水貴を呼んでいます。
やっと来たようです。

実は心ひそかに(プライドがあるので誰にも言えません)、水貴が豪鬼の行動でいやだと思っているところがあるのです。これもゆううつ気分の一因なんです。

豪鬼は人を探す時、まず目線が上を向いてしまうという癖があります。それは今まで周囲にいた人間がみな彼より背が高かったのだろう、と賢い水貴は推測してはいますが…。
水貴は豪鬼より10pばかり背が低いのです。それなのに上を探されるといやな感じです。現在発展途上の水貴ですから、いつまでも今の身長のままのわけはありません。そのうちぐんぐん伸びるでしょう。もしかしたら豪鬼を抜いちゃう可能性だってあるんで
す。でも今は…。思春期の青少年は傷つきやすいんです。

「豪鬼、遅いじゃないか」と顔を出してみて、さすがの理性派水貴もぶちきれてしまいました。

豪鬼は頭のてっぺんから足の先まで泥だらけの姿です。おまけに犬をだきしめています。
どうもここに来るまでに犬を見つけたらしいのです。「犬♪」と本当に嬉しそうに豪鬼は笑っているのですが、今までさんざん待たされた挙句、泥だらけで自分の聖域である図書室へ、あろうことか犬まで連れてやってきたのですから、水貴の心中は察して余りあります。

「豪鬼、きみは今の時間がどういう時間かわかっているのかい?だいたい…」

一生懸命豪鬼に説教をしますが、豪鬼はきょとんとしているだけで「柳に風」「のれんに腕押し」という感じです。
豪鬼は難しい言葉がわからないのですから、無理もありません。普段なら豪鬼にいいきかせることがある時は、水貴はちゃんと豪鬼のわかる言葉を択んで話します。しかし今回の水貴はぶちきれているので、言葉を択ぶ余裕なんてありません。
 

いくら理性派ったって水貴はまだ14才です。思いっきり「理性」がとんじゃう時だってあるんです。

もう今日は授業をする時間はありません。
湯殿に豪鬼をたたきこんで、水貴は深い溜息をつきました。この調子で、果たして豪鬼が「読み書き」をマスターする日が来るんでしょうか。

もし来るとしても、それは億光年も彼方のような気がします。
でもでも、澪姫のお願いは何があっても叶えなければなりません。

水貴のゆううつな気分は続きます…。

   

…多分、2002年3月位に書いた物。
イメージとしては『嵐が丘』・ラスト近くのワンシーン…
だったはずなんだけどなあ〜どこで方向間違ったんだろう?
最初『BEAUTIFUL SONGS』でちゃんと5人分計画したんですが、
出来たのはこれと豪鬼編だけ。タイトルもあったのに…
『それだけでうれしい』『両眼微笑』『世界はGO NEXT』。
どれも曲のタイトルのぱくり。ただ、水貴のだけが大古アニメの
エンディングです。