■□1.作戦会議□■

(2004.9.19)
 

さて、どうするか。

何処からまぎれこんだのか、或いは誰かが拾ってきたのか、経緯はともあれ一匹の犬がいて。そしてそれを囲んでいる面々。水貴はその風景を資料室の窓から一瞥し、手元の本に目を落とす。
この後、絶対に彼ら(もしくはその一人)が云い出すに決まっている「飼う」の一言を、どう返すべきか。「否や」は当然の事として、果たしてどう云えば効果的か。目線は手元の本に落とされたまま、しかし思考はまったく別のベクトルに飛んでいく。

その一言を云い出して来るのが一馬なら。
---とりあえず「だめだ」の一言。後は理詰めで云ってやれば黙るだろう。「云いたい事は山程あるのにどう表現していいか判らない」顔で睨み返してはくるだろうが。たとえ食い下がってきたとしても、弁舌で一馬が自分に敵うわけもない。「やらねばならない事」が山積している自分には、そんな不毛な言い争いで貴重な時間を食う余裕なんぞ無いのだから、手早く済ませるのが肝要だ。

一馬を先制する意味で、先に不知火に釘を刺すのはどうだろう。
少なくとも一馬の説得については不知火が適任だし、スムーズに事も運ぶ。まずは不知火に「今は犬に関わっている状況ではない」という事を納得させれば、彼に後をすべて任せることが出来るだろう。…問題はどう納得させるかだが。聖職者らしく「慈悲の心」など持ち出されては、話がややこしくなりそうだ。

豪鬼が何か云ってくるとは思えないが〜とりあえず「君には世話なんか出来ないだろう」とか「自分の事もきちんと出来ないのに、生き物を飼うなんて以ての外だ」くらいですむ。一番ありきたりで面白くも何ともない台詞だが、これしかない。…豪鬼にこちらの意図が通じさえすればそれで済むのだが。

ああ、不破が何か口を挟んできそうだな。彼が自分から云い出すことはなさそうだが、一馬や豪鬼の援護に回ることは充分ありえる。ある意味、一番厄介かもしれない。「まあまあまあ」で押し通してきそうだが、逆に「水貴の言うとおり」と同意しておいて、裏でこっそり飼うという姑息な手を使う事も有り得る。その場合こちらが「見なかった事」にすればいいのだろうが、それはそれで腹が立つ。

そこまで考えて手元を見ると、本は先ほどのページが開かれたまま、少しも先に進んでいない。
思わず小さく舌打ちして、また窓の外を見る。相変わらず彼等は犬を囲んでいて。
(この状況を何とかしてからだ)
水貴は本を閉じて立ち上がった。

犬を囲む面々に無言で近づいた水貴が、おもむろに口を開こうとした途端、
「ありがとう、預かってくれて」
と別の方向から声がかかる。
麗だ。

(なんだ、レジスタンスの犬を預かっていただけか)

今まで自分が勝手に思い込んで色々考えていた事など棚に上げ、レジスタンスだって今が大事な時期だろう、犬なんて飼っている余裕なんかないだろうに、と批判めいた事を考えて、何気ない風を装ってそこを通り過ぎようとする水貴の耳に、
「これ、どうやって喰うの?」
やっぱ鍋かなあ?と不破の声。

(喰う…?何をだ)
そこにいるのは「ニンゲン」と「イヌ」。二者択一で考えて、まさか、と足を止める。

「う〜ん、どうしようかなあ?」
リクエストある?と笑顔で返す麗。野菜炒めに入れてもいいかもね、とさらに一言付け加えられる。

そのまま黙って通り過ぎるつもりだったのに、つい口を挟んでしまった。
「…まさかとは思うけど、この犬、食用…?」
すると一斉に頷かれてしまい、思わず一歩下がってしまう。彼等の動きは単なる首の上下運動というだけでなく、無言の「アタリマエ」「何をいまさら」といった意味合いが込められているのに気づき、さらにもう一歩後ずさる。

「うまいんだぜ?結構」
「師匠と旅をしていた時に、ご厄介になったお宅で頂いたことがありますよ」
「…俺の村でも時々喰ったな」
「犬、好き」
「レジスタンスでも定番料理なんだけど…あら水貴、食べたこと無いの?」

彼等は口々に「いかに犬がポピュラーな食材であるか」を話し始めるのに、水貴は唖然としてしまう。
そんな水貴に気づいたのか、
「水貴が食べたことないんだったら、今日はコレでご馳走作るわ。腕によりをかけて!」
と元気よく麗が指差す先は、件の犬。戸惑う水貴を尻目に、「ご馳走」に反応した面々の喜びの声があがる。

「…待てっ!」
血相を変えた水貴に、一同は静まり返る。

「犬が一般的な食材であろうとなかろうと、この緋嘉見で犬を食用にする事は認めない!」
「え〜?そしたらどうすんだよ、この犬。」
育ち盛りには蛋白質が必要なんだぜ〜と情けない声を出す不破に、
「蛋白質なら普段の食事で充分だろう!」
「じゃ、この犬は」
「食べるな」
「食べなかったらどうすんだよ!」
「僕の知ったことじゃない!!」
「知ったことじゃないってったって、ほっといたら誰かが食うな、絶対」
「食べさせないようにしろ」
「どうやってさ?」
「君たちが飼え!」

人が飼っている犬を勝手に食べる者はいない筈だ、と水貴は言い捨てて、踵を返す。
その後ろ姿が見えなくなった頃、不破がにやりと笑って犬を囲む面々を振り返る。全員の顔に浮かぶのは、不破と同様な「してやったり」な笑顔。

「ほらな?真正面から『犬を飼いたい』ったって、アイツ頷くわけないんだからさ」
「こんなにウマくいくとは思わなかったわ」
「不破って結構ずる賢いですねえ」
「…云うなら『策士』って云ってくれよ」


その頃、資料室では。
『犬を飼うのは許さない』といいに云ったはずが『犬を飼え』と云ってしまった事に沈没する水貴がいたのだった。



            
                     








 

                           久しぶりの文字書き。
最初は「雪の中で」で
一馬がでばってたハズ
なのに、おっかしいなあ?